職人の世界
今日はちょっと素敵なお話、題して「職人の世界」です。
先頃、クライアント様から、「家具を修理したいので修理してもらえる所を探して欲しい」との依頼を受けました。
よくよくお話を伺うと、昔、お爺様がフランスで購入された机や椅子だと言うこと。お爺様は画家で、パリに6年ほどいらっしゃったそうです。
時はもちろん戦前、多分昭和の初期のことでしょう。ある意味、日本が一番幸せだった時代です。神戸の画家と言えば、小磯良平や小出楢重等がパリで修行していた時期と同じ頃かも知れません。
ちなみにそのお爺様、谷崎潤一郎の「細雪」に、「ある画家」として登場しているんだそうです。
話を家具の修理に戻しましょう。
修理してもらえるところを探した私たちは、ある椅子職人さんに行き当たりました。年の頃はは70才、15才から丁稚奉公を始めて、55年間神戸で椅子一筋で生きてこられた方です。
この方なら自信を持ってクライアント様に勧められると思いまして、お引き合わせをいたしました。
一度目は家具の下検分、二度目は家具の修理のための引き取り、どちらも立ち会いました。
二度目の家具の引き取りの時のことです。廊下の幅いっぱいあるダイニングテーブルの運び出し。先頭を行くのは後ろ向きの職人さん、後ろを行くのが私、二人でテーブルを持って運びました。
私はテーブルの天板の下を持っています。職人さん、指がテーブルからはみ出してます。
「親方、指が壁に当たりますよ」
「指のけがは、ちょっとしたら治ります。家具が傷んだら、治すのにひまがかかります。」
わざと指を出していた、これぞ職人の世界。男惚れしました。
そういえば、親方の履いているのは足袋にセッタ。私が靴ひもを解いて靴を脱いだり、あわてて踵を踏んづけたまま、靴を履いたりしている間に、親方はさっさとセッタを脱いで上がっておられます。かっっこいいなあ。
話は戻って一回目、下見が終わって、クライアント様から、みんなで食事はどうでしょう、とお誘いを受けました。宝塚にある由緒正しいイタリアンレストランで、クライアント様と職人さん、イタリア人と私の4人でお昼ご飯にしました。
いろいろな椅子にまつわる話、神戸の昔話、あっという間に2時間が過ぎました。あんな素敵な昼ご飯、本当に久しぶりでした。
「ところで親方、弟子はいらっしゃるんですか。その技術、なくすのはあまりにもったいない。」
「もう椅子を直してくれというお客さんも少なくなりました。弟子をとっても、食っていけないでしょう。日本のどこかに伝えておきます。それでいいんです。」
帰り道、お店を訪ねました。間口3mあるかないかの、こじんまりしたお店。お世辞にも立派な店構えとは申せません。まさかこんな店に、あんなすごい職人さんがいるなんて、通りすがりの人は誰も気が付かないでしょう。
こんな職人さん、まだいらっしゃったんですね。こんな出会いがあるのも、この仕事をしている役得だと思いました。ひたすら感謝。